ヤッピーをお迎えしたのは、引越しの1週間前、ドタバタの中でのことであった(引越しといっても、車で20分程の距離)。
荷造りや各種手続きにおおわらわだったそのとき、突然、最愛の白文鳥を産卵系のトラブルで亡くしてしまった。新居での文鳥との暮らしが何よりも楽しみだったし、その子のいない生活なんて考えられなかった。
いろいろな事が重なって、正常な判断力を失っていたのだろう。すぐにでも代わりの文鳥をお迎えしなくては・・・と思った。
いつも餌を買っていた古風な小鳥屋さんに行った。
勤め人ゆえ、挿し餌をして育てることは無理なので、ひとり餌になっている子をお迎えするつもりだった。
文鳥のヒナが欲しいと言う私に店主のおじさんが言った。
「今ね、文鳥はこれだけしかいないよ。このごろ人気がないからあんまり入ってこないんだよ。今はね、インコの方が売れるねぇ。」
いつでも、ヒナがいっぱい!のはずのお店だったがのだが・・・確かに少なかった。桜と白が2、3羽くらいずつ、お迎えできそうな大きさのヒナはわずかしかいなかった。候補は少なかったが、どれもピンとこない。こんなときは、プロの目を信じよう。
「白がいいんだけど、おじさんのお勧めはどの子ですか?」
おじさんは、一番大きな子を取り出し、
「これなんか、いいよ〜。体格がいいからね。うん、これはいい文鳥だ! もう、ほとんど仕上がってるし。」
「可愛がってたのを亡くしたばっかりだから丈夫なのがいいんだけど、この子は大丈夫かな?」
「うちの文鳥は、ちゃんとしたところから入れてるから、絶対死んだりなんかしないよ。」
あらためて、おじさんの手の中にいる文鳥を見る。確かに大きい。がっちりとしている。もう大人の文鳥と変わらない大きさだ。ほっそりとした顔に大きな目がかわいらしい。
が、しかし・・・右足の中指に爪がない!
「おじさん、この子、爪がないよ。」
「ありゃ〜、引っ掛けちまうんだな〜。じゃ、別のにする?
待ってくれれば、来週次のヒナが入荷するけど・・・。」
ヒナのケースの中に保温電球を横にしてそのまま入れているので、電球のカバーにある穴に引っ掛けて爪が取れてしまうらしい。他のヒナも爪が欠けているのがいる。
この子は来週にも大人文鳥の雑居カゴに移されるのだろう。あまたいる若鳥の中から、好き好んで爪の欠けた文鳥を買う物好きがいるだろうか?
この子にとっては、今が最後のチャンスなのかもしれないと思った。今、こうして出会ったのも縁だろう。1本爪がない以外は申し分のない美鳥だ。何といっても、健康で長生きしてくれるのが一番だ。爪の1つや2つなくたって、とうってことはない。私は、がっちり体型のその文鳥を買うことに決めた。
店主は、1割ほどまけてくれた上、ボレー粉もオマケにつけてくれた。
ボレー粉をやったからって、爪が生えてくるわけでなし・・・と思ったが、“爪の欠損=ボレー粉のオマケ”という発想がおかしくて、ありがたく頂戴した。
おじさんが、箱を取りに行っている間に、その文鳥は自分の身にただならぬことが起きたことを察知したのか、血相を変えて逃げ出した。お店に並んだ鳥かごの間をすり抜けて、散々逃げ惑った末、捕獲され箱詰めされた。
こうして、「絶対死なない文鳥」ヤッピーは我が家にやって来た。
うちに来てほどなく、ぐぜりを始め、待望のオスであると判明。
それは美しい「鳥の王子様」だった。
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